札幌高等裁判所 昭和60年(ネ)257号 判決 1989年5月30日
控訴人
別紙控訴人目録一(略)ないし二一〇に記載のとおり(石村昌ほか二七一一名)
右訴訟代理人弁護士
江本秀春
同
横路民雄
同
村岡啓一
同
上田文雄
被控訴人
国
右代表者法務大臣
髙辻正己
右指定代理人
榎本恒男
同
小川賢一
同
岩崎守秀
同
奥田静夫
同
小栗健市
同
本庄潤一
同
白石貴幸
主文
一 原判決中控訴人栂尾光雄(控訴人目録一の番号六)、控訴人浅野茂樹(同目録一の番号四一)及び控訴人髙橋勇(同目録一の番号二九)に関する部分を取り消す。
二 被控訴人の右控訴人三名に対する請求をいずれも棄却する。
三 その余の控訴人らの本件控訴をいずれも棄却する。
四 訴訟費用中、控訴人栂尾光雄、控訴人浅野茂樹及び控訴人髙橋勇と被控訴人との間に生じたものは第一、二審を通じ被控訴人の負担とし、その余の控訴人らと被控訴人との間に生じた控訴費用は同控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決中控訴人らに関する部分を取り消す。
2 被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二当事者の主張及び証拠
当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示並びに記録中の当審書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の訂正等
1 原判決九頁一〇、一一行目の「人事院規則一五―六」の次に「(昭和五六年二月二七日改正前のもの。以下同じ。なお、人事院規則一五―六は、人事院規則一―四第六〇項(人事院規則昭和六〇年人事院規則一―四―一により追加。昭和六一年一月一日施行)により廃止された。)」を加える。
2 原判決一八頁六行目の「一八四の一及び二」を「一八四の一及び一二」と改める。
3 原判決二二頁五行目の「労基法第三九条第三項但書」の次に「(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの。以下同条について同じ。)」を加え、同六、七行目の「不行使」を「行使」と改める。
4 原判決二八頁の末行の末尾に「。」を加える。
5 原判決六五頁八行目の「第五号」を「第五項」と改める。
6 原判決七一頁末行の「人事院規」を「人事院規則」と改める。
二 控訴人らの当審における主張
1 控訴人栂尾光雄(控訴人目録一の番号六。以下「控訴人栂尾」という。)について
(一) 控訴人栂尾は、昭和四八年三月二八日、当時妻と二女が風邪をひいており、翌日二人を病院に連れて行かなければならなかったので、同月二九日午前の有給休暇の申請をした。
(二) 同月二九日午前、控訴人栂尾は、右両名を連れて札幌市北区の病院に赴いた結果、同日午前出勤しなかったものである。
2 控訴人浅野茂樹(控訴人目録一の番号四一。以下「控訴人浅野」という。)について
(一) 控訴人浅野は、昭和四八年三月二九日、翌日親類の引っ越しの道案内と手伝いをしなければならなかったので、同月三〇日全日の有給休暇の申請をした。
(二) 同月三〇日全日、控訴人浅野は、札幌市北区篠路に赴き、引っ越しの道案内と手伝いをした結果、同日全日出勤しなかったものである。
3 控訴人髙橋勇(控訴人目録一の番号二九。以下「控訴人髙橋」という。)について
(一) 控訴人髙橋は、昭和四八年三月二二日結婚したものであるが、新婚旅行から戻った後、北海道滝川市にいる親族にあいさつ回りをしなければならなかったので、同月二九日、翌三〇日全日の休暇の申請をした。
(二) 同月三〇日全日、控訴人髙橋は、あいさつ回りのために滝川市に赴いた結果、同日全日出勤しなかったものである。
三 被控訴人の当審における主張
1 控訴人栂尾について
控訴人栂尾が昭和四八年三月二九日午前の年次休暇の申請をして同日午前出勤しなかったことは認めるが、その余の事実は争う。
2 控訴人浅野について
控訴人浅野が昭和四八年三月三〇日の全日について年次休暇の申請をして同日出勤しなかったことは認めるが、その余の事実は争う。
3 控訴人髙橋について
控訴人髙橋が昭和四八年三月三〇日の全日について年次休暇の申請をして同日出勤しなかったことは認めるが、その余の事実は争う。
4 既に述べたとおり、控訴人田畑隆喜(控訴人目録四四の番号二九。以下「控訴人田畑」という。)、同栂尾、同浅野、同髙橋の四名も、その他の控訴人らと同様、年次休暇の申請の際に当該休暇申請に係る日時が本件一斉休暇闘争日であることを認識しながら本件一斉休暇闘争に参加する意思で休暇申請を行い、当該日時に欠勤したものであるから、被控訴人に対する賃金請求権は発生せず、被控訴人から給与等として控訴人らに支払われた金員は法律上の原因に基づかないものであるから、不当に取得した利得を返還すべきである。
理由
第一 当裁判所は、被控訴人の本訴請求のうち控訴人栂尾、同浅野及び同髙橋の三名を除く控訴人らに対する請求はいずれも理由があり、右控訴人三名に対する請求はいずれも理由がないと判断するものであって、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
一 当審において提出された書証の成立について(略)
二 原判決の訂正等
1 原判決七六頁八行目の「乙第一」の前に「甲第六、第七、第一二、第一三、第一五、第一八、第一九号証及び」を、同頁末行の「推定される」の次に「(甲第二二号証については弁論の全趣旨によりその原本の存在が認められる。)」をそれぞれ加える。
2 原判決九四頁三、四行目の「各半数ずつ」を「それぞれほぼ半数ずつ」と改め、同四行目の「三月二九日分」の次に「(一一名)」を、同行の「三〇日分」の次に「(約八、九名)」をそれぞれ加える。
3 原判決一〇二頁一一行目の「一及び二」を「一及び一二」と改める。
4 原判決一一七頁一三行目の「同被告本人尋問の結果」を「同控訴人本人尋問の結果(原・当審)」と、同行、一一八頁二行目、同頁末行、一一九頁四行目、一二〇頁初行の各「実父」をいずれも「妻の父」と、一一八頁末行の「三〇日」を「二九日」とそれぞれ改め、一二〇頁三行目の「同被告は、」の次に「原審及び当審における各本人尋問において、」を加え、同頁九行目の「三六年」を「三四年」と、同頁一三行目の「同被告本人尋問の結果」を「控訴人田畑本人尋問の結果(原・当番)」と、同頁末行の「同被告」を「控訴人田畑」とそれぞれ改め、一二一頁六行目の末尾に「また、甲第四〇号証の一の記載に照らすと、当時控訴人田畑と同様函館開発建設部江差港修築事業所に所属していた控訴人茶碗谷國雄の休暇等処理簿には、昭和四八年三月二八日を申請月日とする休暇申請がなされた記載のあることが認められるところ、乙第一四号証に照らすと、右記載は、控訴人茶碗谷が現場長に休暇申請をしたい旨を申し出て、その意を受けた係の者によって記入されたものである疑いがあるけれども、そうとしても、同控訴人の同日申請に係る休暇申請が休暇等処理簿に記載されて処理されていることからすると、休暇等処理簿が引き上げられていて当局の指示により乙第三号証の書面により申請したとする控訴人田畑の前記供述は、採用し難いところである。」を加える。
5 原判決一二七頁三行目の「一及び二」を「一及び一二」と改める。
三 控訴人栂尾、同浅野、同髙橋の本件一斉休暇闘争への参加について
1 控訴人栂尾について
控訴人栂尾が所属していた札幌開発建設部庶務課における本件一斉休暇闘争の実行された日時に係る年次休暇の申請状況は原判決理由三、2、(四)、(1)のとおりであり、(証拠略)、控訴人栂尾本人尋問の結果(当審)によれば、控訴人栂尾は、昭和四八年三月二八日に休暇等処理簿の申請月日欄に「3・28」と、期間欄に「3・29、8:30~12:15」と、単位欄に「午前半日」と、休暇等の種別の年次欄に「レ」と、理由欄にその上欄の「私事都合にて年休願います」と同一であることを示す「〃〃〃〃」と、それぞれ通常の記載例に従って記入し、捺印して係の者に提出して申請したこと、その際、係の者から「あとで事情を聞かれるかも知れない」と言われたが、結局事情を聴取されることはなかったこと、控訴人栂尾が右年次休暇の申請をしたのは、同控訴人の妻はもともと病弱であったがその妻と当時二歳の二女が風邪をひいて発熱して咳も出ており、妻から右両名を病院に連れて行ってほしいと頼まれたからであること、三月二九日には朝から札幌市北区所在の横山医院に右両名と当時四歳の長女を連れて行き、診察を受けさせて家に帰り、同控訴人は昼過ぎに出勤したこと、控訴人栂尾は全開発札建支部車庫分会に所属し、三月二九日に全開発の本件一斉休暇闘争が行われることは認識していたとみられるが、同控訴人は組合活動に対し必ずしも積極的ではなかったこともあって、本件一斉休暇闘争に参加するとの意識はなかったこと及び休暇等処理簿には昭和四八年三月二八日一七時ごろ不承認(本人へ伝達済み)との記載があるものの、同控訴人は直接不承認の伝達は受けていないものと認められ、(証拠略)及び証人村元邁の証言(原審)は、右認定を動かすものとはいい難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、控訴人栂尾は、本件一斉休暇闘争に参加することを認容して年次休暇の申請をしたと認めるには足りないというべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
ところで、(証拠略)によると、控訴人栂尾は同年四月二七日に全開発が行った半日ストライキの日の午前中無断欠勤したことが認められるが、これにより前記認定判断が左右されるものとは解されない。
2 控訴人浅野について
控訴人浅野の所属していた札幌開発建設部庶務課における本件一斉休暇闘争の実行された日時に係る年次休暇の申請状況は原判決理由三、2、(四)、(1)のとおりであり、(証拠略)、控訴人浅野本人尋問の結果(当審)によれば、控訴人浅野は、昭和四八年三月二九日午前、庶務課庶務係にあった休暇等処理簿の申請月日欄に「3・29」と、期間欄に「3・30、8:30~ 」と、単位欄に「日」と、休暇等の種別の年次欄に「レ」と、理由欄にその上欄の「私事都合に依り年休願います」と同一であることを示す「〃」と、それぞれ通常の記載例に従って記入し、申請者印欄に捺印して係の者に提出して申請したこと、控訴人浅野が右休暇の申請をしたのは、実兄から親類の者が翌三〇日に引っ越しするので右実兄をその引越先まで道案内することと右引っ越しの手伝いを頼まれていたからであること、申請した後同日村元課長補佐から二、三度呼ばれて申請の具体的理由を尋ねられたので、当初は私事都合としか答えなかったが、最後には親戚の引っ越しがあるのでその手伝いに行くことを頼まれていると答えたこと、翌三〇日、控訴人浅野の実兄の妻の兄弟に当たる竹中清明が北海道滝川市江部乙から札幌市北区篠路に引っ越すのを手伝うべく、同日午前あらかじめ同控訴人方に来た兄夫婦の道案内をして兄夫婦とともに右篠路の引っ越し先に行き、三時間くらい荷下ろしを手伝ったこと、同控訴人は、右休暇に係る三月三〇日午前に全開発の本件一斉休暇闘争が行われることは認識していたが、組合活動にあまり積極的でなかったこともあって、本件一斉休暇闘争に参加する気持ちはなかったこと及び休暇等処理簿には昭和四八年三月二九日一七時ごろ午前のみ不承認であることを同控訴人に伝達した旨の記載があるものの、控訴人浅野は直接不承認の伝達を受けてはいないものと認められ、(証拠略)及び証人村元邁の証言(原審)は、右認定を動かすには足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によってみると、控訴人浅野が本件一斉休暇闘争に参加することを認容して年次休暇の申請をしたと認めるには足りないというべきである。
(証拠略)によると、控訴人浅野は、全開発が半日ストライキを行った同年四月二七日の午前中無断欠勤したことが認められるが、これにより前記認定判断が左右されるものとは解されない。
3 控訴人髙橋について
控訴人髙橋の所属していた札幌開発建設部庶務課における本件一斉休暇闘争の実行された日時に係る年次休暇の申請状況は原判決理由三、2、(四)、(1)のとおりであり、(証拠略)によれば、控訴人髙橋は、昭和四八年三月一七日に結婚式を挙げた後、函館市方面に新婚旅行に出掛け、同月二二日ころ札幌市に帰って婚姻届けをしたものであり、妻の実家(北海道滝川市所在)等にあいさつ回りに行かなければならなかったところ、妻の実家から同月三〇日に妻の妹夫婦が妻の実家に来るのでその日に来ないかとの連絡があったので、同日休暇をとって行くことにし、同月二九日、庶務課の事務室に赴いて、村元課長補佐に対し、「妻の実家に結婚後のあいさつ回りに行くので、明日一日有給休暇がほしい。」と申し出て年次休暇の申請をしたこと、休暇等処理簿には村元課長補佐又は係の者が控訴人髙橋の意思に基づき代筆して捺印したとうかがわれるが、休暇等処理簿の申請月日欄に「3・29」と、期間欄に「3・30、8:30~ 」と、単位欄に「日」と、休暇等の種別の年次欄に「レ」と、理由欄に「私事都合により年休願います」と、それぞれ通常の記載例に従って記入されており、申請者印欄に捺印がなされていること、右休暇等処理簿には昭和四八年三月二九日一七時ごろ午前のみ不承認であることを同控訴人に伝達した旨の記載があるものの、控訴人髙橋は、右申請をした際、右のとおり具体的理由を告げたためか村元課長補佐には何も言われておらず、同日中に直接不承認の伝達を受けたこともないこと(<証拠略>及び証人村元邁の証言(原審)は、この認定を動かすに足りない。)、控訴人髙橋は、同月三〇日、妻とともにまず札幌市内のデパートに実家への土産物を買いに行き、午後滝川市の妻の実家を訪ねて一泊して札幌市に帰ったこと、控訴人髙橋は、一貫して全開発の組合員であり、後に全開発の分会の執行委員をしたこともあるが、当時は役員ではなかったことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。右事実によってみると、控訴人髙橋は右三月三〇日に本件一斉休暇闘争が行われることの認識はあったが、これに参加することを認容して休暇の申請をしたと認めるにはいまだ足りないというべきである。
(証拠略)によると、全開発が半日ストライキを行った同年四月二七日の午前中無断欠勤したことが認められるが、これにより前記認定判断が左右されるものとは解されない。
4 以上のとおりであって、控訴人栂尾、同浅野、同髙橋の三名については、本件一斉休暇闘争に参加することを認容して年次休暇の申請をしたものとは認められず、したがって、本件一斉休暇闘争に参加したとも認められないというべきである。ところで、被控訴人の本訴請求は、控訴人らが一斉休暇闘争に参加し、これによって勤務を欠いたにもかかわらず支給した賃金等を不当利得として、その返還を求めるものであるから(すなわち、年次休暇の申請が承認されなかったのに勤務を欠いたにもかかわらず支給した賃金等を不当利得として返還を求めるものではないから)、右三名の控訴人らについては、年次休暇の申請が承認されたか否か等のその余の点を判断するまでもなく、被控訴人の請求は理由がないことに帰する。
四 前項の三名及び控訴人田畑以上の控訴人らについては、年次休暇の申請に際し本件一斉休暇闘争に参加する意思を有しなかったことをうかがわせる特段の反証もない。してみると、控訴人栂尾、同浅野、同髙橋を除くその余の控訴人らの本件年次休暇の申請は、本来の年次休暇の申請とはいえず、右控訴人らは本件一斉休暇闘争に参加したものというべく、本件勤務を欠いた期間について賃金請求権及び勤勉手当請求権が発生するに由なく、右控訴人らは、原判決理由説示のとおりの金員を法律上の原因なく利得しているものというべきである(念のため付言するが、控訴人栂尾、同浅野、同髙橋を除くその余の控訴人らの本件年次休暇の申請は、右のとおり本来の年次休暇権の行使ではないのであるから、右控訴人らにつき年次休暇成立の要件及びその要件に該当する事実の有無の判断にまで立ち入る必要のないことは明らかであり、本件審理上それが不可避であるとする控訴人らの主張は、失当である。)。
第二 以上によれば、被控訴人の控訴人らに対する請求のうち、控訴人栂尾、同浅野、同髙橋に対する請求は理由がなく、原判決中右三名に関する部分は不当であるからこれを取り消して請求を棄却することとし、その余の控訴人らに対する請求は理由があり、原判決中右三名を除く控訴人らに関する原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大淵武男 裁判長裁判官丹野益男、裁判官岩井俊は転補につき署名押印できない。裁判官 大淵武男)